コラムローカーボろかぼしぞ~か糖尿病糖質制限血糖値測定

【父】高雄病院でセカンドオピニオンの結果、3年かからず糖尿病専門医からの脱却【糖質制限】

父が「あなたは優秀だからもう来なくて良いよ」

と言われ帰宅。そう、これからは糖尿病専門医にかからなくてよくなりました。

3年前倒れて入院からの、

●HbA1c12.4

血糖値498

足の壊疽

緑内障&白内障&いつ失明するかもわからない

心臓の血管の弱さ

インシュリンはもうほとんど出ていない状態で腎臓も弱っているので今すぐ透析にしてもおかしくない状態だけれど、様子をみてみる。たぶん半年後には透析

と言われ、糖尿病は一生良くなる事、治ることはない。せめてゆるやかに悪化に持っていくように頑張りましょう。

と言われた父が、です。

その時私は糖尿病の知識が全くなく、医者のいう「インシュリンは弱っている腎臓を助けてくれる役目もあるんですよ」という言葉を信じていました。その一方で大腸がんのリスクは上がりますので覚悟はしてくださいと言われていましたが次から次へと絶望しかない言葉の数々に少しでも良いところがあるなら信じようと思い、病院の往復時は泣きながら運転をする日々でした。

👇現在インシュリンなしでこの数値です。激やせしてしまっていた体重は7キロも回復、糖質制限はダイエットの食事ではなくそれぞれのベスト体重にもっていってくれる食事療法だと思っております。

お薬を飲んでいる時はもうちょっと低かったのですが、飲まずにこの数値をキープできていることはとても嬉しいです。

2015年11月に入院後、足の壊疽もあり、そこは糖尿病だから治りが悪いと言われていたのに悪化せず肉が盛り上がってきて治り、皮膚科の医者さまも驚かれていましたがそこはタンパク質をきっちり摂っていたからだと思います。

入院した病院では、腎臓が弱っているのでタンパク質は抑えてください。糖腎食にしましょうと言われていましたが、その時の食事が糖尿病食で気をつけなければいけない糖が中心な事に驚き、矛盾を栄養士に聞いても答えられなかった所から不信感をもち、大体治らないって医者が断言するなんて信じられない、と、その日から夜な夜なネットを検索しまくってたどり着いた江部康二先生のブログを読み、目からウロコが落ちました。

あまりの入院している病院との言っていることの違いに思い切ってコメントをかいてみたところ、江部先生が丁寧に答えてくださり、これだ!と思って退院後京都の高雄病院へ父を受診させてみました。予約は一ヶ月待ちでしたし、父も弱っていて杖をついていましたが、そんな事は言ってられない状態でした。病院の言うことを聞いていたらあっという間にあの世行き、それも段々悪化していきながら苦しんで・・・そんなわかりきった将来を受け入れられるほど私は強くありませんでしたから思いっきり抗うことにしました。父にもどうせこのまま死んじゃうみたいだから好きなお肉を食べれる方法をやってみない?と持ちかけました。目に力の無かった父の表情が少し、明るくなったのを覚えています。

初めての高雄病院では丁寧に栄養指導までしていただき、数値をみてまだ糖質制限をやれますと言われ希望をいただいたことを覚えております。受付のみなさまもとても優しい方ばかりでした。

この出来事で元々は歯科助手をしていたこともあり、基本はお医者様のいうことが正しい、薬は助けてくれるもの、と信じてきた私の価値観は完全にひっくり返りましたし、食事だけでよくなるなんてカルトの部類かなと思ったものですが、糖質制限の本や、情報を読めば読むほど糖尿病医療に関して矛盾しているのは今の医療だという思いが強くなったものです(あくまで糖尿病に関しては、ですけどね)

当時はあまりメジャーではない糖質制限(特に地方では未だに根強い反対論)話を聞きつけた方から医者のいうことを聞けとか糖質制限は死ぬとか、色々言われた当時でしたが、3年たった今、あの時の判断は正しかったのだといえます。当時は春のさくらをみても、来年は父と見れないかもしれない、でも、私の見つけた方法で父が悪化してしまったらどうしようと不安で不安で仕方がなかったです。

そんな時東京での江部先生の講演やら勉強会、宗田哲男先生との出会い、何より同じ静岡に糖質制限仲間がいた事の心強さはとても大きなことでした。今は浸透してきてあまり苦労は無い良い時代がやってきましたから嬉しいことです。糖質制限で糖尿病の悪化はとめられる、を身をもって父が証明してくれました。 そして勉強していく中で自分にも糖尿病っ気があり、糖質制限を実践してみたところ、あっさり体重が落ち、食後の眠気から開放され、メンタルはどんどん頑丈に。。。今の私を昔の私がみたら驚くだろうというくらいパワフルに毎日動けております。

人はいつか死にます。

父だって決して若くはない、でもあのまま病院のいうことを聞いてインシュリンを打ち続ける生活をしていたら今も病院の中だったかもしれない。薬から開放され、合併症も回復して今の生活ができているのはたった一つ、食生活を変えたからなのです。高雄病院へ食事指導入院をして友人までできて、電話でアドバイスを求められたりなんかして生き生きしている父をみていると本当に良かったし、これからも興味を持っていただける方には糖質制限を正しく広めていきたい。それが今の私の原動力でもあります。

ただ、難しいことは苦手なので美味しく楽しく、ですけどね。今健康な方はそれぞれがそれぞれのペースで食に興味をもって本当の意味でのバランスのよい食事を選んでいけますように。

絶望の中で見ていた桜、近年では希望に満ちてみえます。

hidemi


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